面白さはビブリオ･代理戦争･不倫の暗喩
「源氏物語 絵合」（紫式部）
（阿部秋生校訂）小学館
故六条御息所の娘･前斎宮は、
藤壺入道宮の後押しで、
二十二歳で冷泉帝に入内し、
梅壺女御と呼ばれた。
十三歳の天皇には、
すでに権中納言の娘で
十四歳になる弘徽殿女御がいた。
梅壺女御は絵の上手であり、
絵の好きな幼帝は…。
源氏物語第十七帖｢絵合｣は、
源氏の色恋沙汰が出てきません。
全編源氏の恋物語ともいえる
源氏物語中では異色の帖です。
｢絵合｣とは、
お互いに所有している絵を持ち寄り、
どちらが優れているか論じる
勝負なのですが、
私は寂聴訳を初読した際、
あまりのつまらなさに
読み飛ばしてしまったくらいです。
今読むと、
その面白さがよくわかります。
本帖の面白さ①
平安版ビブリオ･バトル
｢絵｣としか説明がないのですが、
よくよく読めば
｢物語絵｣であることがわかります。
つまり｢絵｣よりも｢物語｣に
比重が置かれているのです。
単に所有している｢絵｣のできを
比べているのではなく、
どちらの｢物語｣がより面白いかを
競い合う、いわば
平安版ビブリオ･バトルなのです。
「まづ、物語の出で来はじめの
親なる竹取の翁に
宇津保の俊蔭を合はせて争う」、
つまり第一戦は
｢竹取物語｣対｢宇津保物語｣なのです。
現代の私たちからすると
古典対決ですが、
当時の読み手からすれば、
数年前に刊行された
話題のベストセラー本どうし。
現代ではさしずめ
｢蜂蜜と遠雷｣vs｢騎士団長殺し｣といった
趣でしょうか。
本帖の面白さ②
源氏vs権中納言の代理戦争
そもそもこの絵合わせは、
梅壺女御と弘徽殿女御のどちらが
幼帝の気を引くことができるかの
勝負だったのです。
幼帝十三歳、弘徽殿女御十四歳、
それに対して梅壺女御二十二歳。
中学一年生の男子生徒に、
一つ上の中二女子と
九歳年上の大学四年生の女性が
接近しているようなものです。
幼帝からすれば気が合うのは
年齢の近い弘徽殿女御、
でも梅壺女御は画才があり
絵に通じていて、
絵上手の幼帝の気持ちは
次第に彼女に傾きつつあったのです。
そして梅壺女御の後ろ盾は
もちろん源氏。
一方、弘徽殿女御の父親は
権中納言つまり若き日の頭中将、
お互いに今後の政権の行方を賭けての
争いが、そこに重ねられるのです。
若い頃から張り合っている二人の、
いわば代理戦争の様相を
呈しているのです。
本帖の面白さ③
源氏の不倫を暗喩する｢伊勢物語｣の登場
物語勝負の中に
当然登場するのが｢伊勢物語｣。
ところが、源氏が禁忌を犯して
藤壺と関係する件は、この｢伊勢物語｣が
モデルといわれています。
後の｢薄雲｣の帖で、
冷泉帝は出生の秘密を
とうとう知ってしまうのですが、
その伏線ともなっているのです。
作者･紫式部の
数々の仕掛けが施された本帖、
読み飛ばしてなど
いられなかったのです。
やはり源氏物語は
一気に読むのではなく、
一帖一帖丁寧に読み味わわなければ
本当の面白さはわかりません。
〔前帖〕
〔次帖〕
（2020.5.9）
【源氏物語】
01 桐壺
02 帚木
03 空蝉
04 夕顔
05 若紫
06 末摘花
07 紅葉賀
08 花宴
09 葵
10 賢木
11 花散里
12 須磨
13 明石
14 澪標
15 蓬生
16 関屋
17 絵合
18 松風
19 薄雲
20 朝顔
21 少女
22 玉鬘
23 初音
24 胡蝶
25 蛍
26 常夏
27 篝火
28 野分
29 行幸
30 藤袴
31 真木柱
32 梅枝
33 藤裏葉
34 若菜上
35 若菜下
36 柏木
37 横笛
38 鈴虫
39 夕霧
40 御法
41 幻
00 雲隠
42 匂兵部卿
43 紅梅
44 竹河
45 橋姫
46 椎本
47 総角
48 早蕨
49 宿木
50 東屋
51 浮舟
52 蜻蛉
53 手習
54 夢浮橋
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